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2004年4月

2004.04.27

Rさんの詩

一日からの贈り物


夜は深まり。
あなたを一人にする。
寂しくもない。
悲しくもない。
あなたを一人にする。

穏やかな夜が子守歌。
あなたの精一杯が報われて。
不安は拭われ、
いたたまれない想いは去り、
柔らかく温かい、

煩わされ無い心が自由になる。

   清浄で慎ましやかな夜にはベールに包まれる。
      ベールがあなたに静寂をもたらす。
   静寂はあなたにあなた自身を取り戻させる。
      あなたは世界中でただ一人のあなたであり、
         快いばかりのこの贈り物は、
           あなたに届けられた物だ。


           おやすみなさい。

2004.04.26

あくたれラルフ

ラルフのあくたれぶりに、子どもらは「ひどいなあ」とページを繰るたびに声をだしていた。思わず私まで。でも、ラルフがもどってくると、なぜだか安心する。あくたれだから嫌いという直線的なものではないのだ。最後のあくたれぶりは、これくらいならいいんじゃない、という子どもら。そうだね。

2004.04.25

書店

ふだんはオンライン書店を利用することが多いのだが、直接本を手にとってみることのできる、リアル書店の楽しみには勝てないなあと思った。あぁ、こんな本だったんだと手にとることができるのはうれしい。今日書店で購入した本は『追憶の作家たち』。著者が大木篤夫の娘だということを知り、興味をもった本なのだが、よみはじめるとすごくおもしろい。うれしい収穫本だった。

2004.04.24

印象派

ここしばらく、印象派関連の本と縁づいている。『ジベルニィのシャーロット』は今日読んだ絵本。美しい本をつくることでは定評のあるBL出版、そして絵画についも趣のある訳ができる江國香織さんコンビの邦訳だ。1892年、芸術家たちの集まる土地、ジベルニィにシャーロット一家は移り住む。そこでの記録を、親友のリジーからもった日記帳につづったのがこの絵本。印象派の画家が描いた絵が随所に引用され、シャーロットが感じた印象がコラージュの方法で記録されていく。シャーロットは実在人物ではないが、この時代におそらくこういう少女がいたのではないかと思わされる。タイミングよく「モネ、ルノワールと印象派展」をみることができた。光かがやく水面が描かれる様をみていると、この画法は本当に発見だったんだろうと感じられた。みたままを描くことは、当たり前だが難しい。それは絵に限らず文章においても。国土社の美術書シリーズ4冊にも印象派のことは、むろんとりあげられている。『アトリエから戸外へ 印象派の時代』のタイトル通り、印象派の画家たちは、その言葉通り、アトリエから出て戸外で絵を描き、そして美しい場所を求めて、ジベルニィの風景に魅せられたのだろうなとあらためて思った。

2004.04.23

おつきさま

となえことばやわらべうたは、なんと言うこともないことが言葉になっている。

おつきさま、おつきさま、あかいまんま、いやいや
もそう。
あかいまんま、しろいまんまという言葉続くのだが、この単純なとなえことばを、子どもはとても好いている。なので、私も自然ととなえていて、いつのまにかとても好きになっていた。手を月にみたてて、いやいやで首をふる、単純なこの仕草を子どもも私もとても好きなのだ。

2004.04.22

カブトムシ

そんなに広くない庭なのだが、少し野菜をつくったりしている(つれあいが)。連作しない方がいいものもあるので、今年はそこに、カブトムシの虫小屋をつくった(つれあいが)。野菜などをつくる肥料にと、椎茸栽培をしているお家の方のところでわけてもらっている時に、大量の幼虫をみつけたのだ。そこで、つれあいは100匹(と本人は言っているが私は確かめてはいない)ほどの幼虫を持ち帰り、木枠をつくり、網をかけ、幼虫らの家をつくった。いまの土地に住むまで、私はカブトムシの幼虫をみたことがなかった。フルタイムで働いていた時、職場の人が毎年たくさんとってくるので、わけてもらって以来、そのコロコロした姿に魅了されいまや大好き。はじめ見た時は、想像した以上の大きさにびっくりしたのだが。あの小屋の下にたくさんの幼虫がコロコロしているんだなあと時々思い出す。つれあいは、生きてるかどうか時々みているらしい。私はまだ。どれだけ成虫になるのだろうか。

2004.04.21

山月記

熱い書評で親しむ感動の名著』がようやく届いた。書店でみたのが最初で、一緒にいたつれあいに「これこれ」と見せた。さっそく星落秋風五丈原さん書評本、「山月記」を読む。私が読んだのは、ちくま文庫に入っている全集1の中のもの。レビュアーの方の気持ちのこもった紹介文がよく伝わってきて、読後感がよかった。本文そのものの感想ではないが、以前、お寺で働いていた時、和尚たちが何かの折に漢詩を書かねばいけない時があり、すらすら書けない人が書ける和尚に教えてもらっていた。国語の教科書の中のものでしかなかった漢詩が、その時ぐぐっと現代のものとして体感したことを、この「山月記」を読んで思い出した。

2004.04.20

神話

子どもの頃に読んだ、天照大神の話はとびっきり楽しくていまも心に残っている。その「天の岩屋」をふくむ、「古事記」は712年に書かれた。

古事記そのものは、日本の神話と歴史とを記録した一ばんはじめの本で、同時に、日本人が作った一ばん最初の古い本です。

鈴木三重吉が小さな人たちのために再話した『古事記物語』を角川文庫で読んだ。これはアルスで出していた『日本建国物語』を現代仮名遣いで出たもの。神話は昔話とはまた違う味わいで惹きつけられる。今度は子どもに読んでみよう。つづけて読んでいる『北欧の神話』もおもしろい。

2004.04.17

はなのすきなうし

のんびりした気持ちになれる絵本はいい。『はなのすきなうし』もその1冊。物語をうけとったローソンは、2、3か月ちょくせつ物語の絵を描くことはせず、ひたすらスペインの風景や建築を勉強したという。それは雄牛の解剖学や、闘牛、闘牛士たちの衣装にまで及んだ。作品を書いたリーフは「ある雨の日曜日の午後、40分で」書き上げたそうだが。そして、この作品は世に出て売れに売れた。絵本から映画に、そしてさまざまなグッズのキャラクターに。1936年9月11日初版の絵本。
という背景を知らずに、ただゆったりと牛のフェルジナンドを追うのがいい。ゆうゆうとのどかに、花を愛する牛。ちょっとした勘違いから、大きな闘牛場におくりこまれるが、たくさんの見物人をみられていても、その見物人がさしている花のにおいを堪能する。たとえ、自分以外の牛が花を好きじゃなくても、フェルジナンドはさみしくない。好きなものは好き。そしてその好きな花の近くで暮らしたいとしごくまっとうに望む。
いっしょに子どもらと読んで、彼らはころころ笑いながら聞き、どこがおもしろいと具体的には語らない。定期的に読んでといって持ってきたり、私が読みたくてもってくると、「あ、いいね」と言う。

2004.04.16

ミケランジェロ

桜がどんどん開花している。

『ミケランジェロの生涯』(ロマン・ロラン)の冒頭に、著者が「勝利者」(ミケランジェロ作の大理石像)について語っている。勝利者の像は、勝利を望んでいない――。

悩みは数限りなくあり、その形もさまざまである。貧困、病気、不当な運命、人間の悪意、などというものの、抗い難い暴力によって与えられることもある。また、人自身の実体の中にその源を持っていることもある。その場合にも悩みは少しも痛ましさに変わりはなく、避け難いことにも変わりはない。なぜなら人は自分の実体を自ら選びとったのでもなく、自ら生み出ようと望んだのでもなく、また今在るような者になりたいと望んだのでもなかったからである。

時々、書物からいまの自分を見透かされているような気持ちになる。

2004.04.14

ニコルの塔

ここしばらく、日本の創作をずっと読んでいた。今日読んだのは『ニコルの塔』。BL出版らしい美しい装丁。バロの絵からつむがれた物語。ふぅ、おもしろかった。ファンタジーはやはりリアリティがないとと納得したのだ。前半のファンタジーが後半の現実世界とカチリとはまるのは快感。

2004.04.11

発見

ことしの田んぼの準備がはじまっている。この週末は天気がよく、家のまわりの田んぼからは、トラクターの音が断続的に聞こえてきていた。昼食を庭でとる。周りの田んぼで働いている人がいるのでお茶の差し入れをした。平日はサラリーマン、週末に百姓をする人がこのあたりでも主流だ。これからは週末の休みはなくなるなあとその人は言っていた。苗を植える天気のいい日、サラリーマンは有給をとって田んぼに入る。会社勤めをしていたころ、コンビをくんでいた人も週末百姓のひとり。天気がよくなるとそろそろ休むなと私でもわかってきた。昨日、お茶を差し入れした人は、田んぼの横の溝を整備していた。そうすると田んぼに残っている水がはけるそうだ。次の日、確かに溝に水がたまってきていて、つれあいが教えてくれた。ちょっと低いだけで、こんなにも水がたまるのだとびっくりし感動した。今日は、トラクターで田んぼに入っていた人が、我が家の屋根についている風車をみて「どのくらいの電気つくるだ?」と聞いてきた。この質問は風車をたててから一番聞かれる。2階の電気ひとつぶんと答えると、「ふーん」。実際、風車の元をとろうと思うと、10年単位の投資になるので、「いくらしただ?」と聞かれても適当にこたえている。
と、ゆるゆるすごしながら『ケツァル鳥の館』を読む。あともう少しで読了。某クラブの読書室掲示板で教えてもらった本。版型がしかくいお弁当箱のような大きさで、おもしろい雰囲気がある。

2004.04.08

ソンボ

中野京子さんの『恋に死す』を読んで以来、こんどは著作ではなく訳書にも興味がでて、『ソンボ』(さ・え・ら書房)をよみはじめた。印象的な冒頭――。

わたしは、朝がすき。川をのぼってくる、まっ赤な火の玉みたいなお日さまがすき。朝焼けがすき。

2004.04.07

3色マッチ

私も『十八の夏』を読みました。自分にふりかえると、この18歳というのは恋にうつつを抜かしていた時期だったのですが、ひとつ思い出したことを。手芸雑誌だと思うのですが、終刊号に3色マッチを製造しているところが、日本にまだ1か所だけあるという記事がありました。オーダーできるのは2000個からで、1箱いくらだったか。箱のデザインもオーダーできるのですが、絵心もなにもないので、赤のチェックにしました。3色といっても、1本1本すると色が違うというもので、赤、青、あと、黄色(だったと思う)。どさっと届いた荷物は、マッチ、またマッチ。それを高校に持っていき、1箱10円、一口1000円で友人、先生らに売りまくったのです。学校で売る条件は受け渡しは職員室、学校では絶対マッチをすらせない。でも、持っていた当日は、そこはかとなく、マッチの匂いがあちこちからして、ひやひやしたものです。化学の先生も買ってくれて、授業にも使ってましたっけ。いまも、そのマッチやさんあるのかしら。

2004.04.05

豚肉

子どもたちがそれはそれは食べるので、多めに豚肉を用意して、トンカツをつくった。塩、こしょうして、片側にマスタードをつけて、衣をつけるというレシピを読み、マスタードで子どもに辛くないかなあと思いつつためしてみると、これが辛くない。塩気となり下味にとけこんでいて、なるほどと思いました。自分では発見できないことが、レシピにはあるので、はじめて試す料理は自分でも楽しみ。今晩は豚肉づいて、酢豚の予定。

2004.04.04

ピーター・スピア

『きつねのとうさんごちそうとった』の表紙をはじめてみた時は、その色の美しさに「きれい!」と声がでた。それ以来、『雨、あめ』、『ノアのはこ船』、『クリスマス!』を子どもたちと読んできた。『きつねのとうさんごちそうとった』を読んでからしばらくすると、子どもたちは家の中できつねのとうさんになって、狩りをしたごっこをし、ごちそうをつくっていた。木をくべる様子をみて、どうして知ってるのと聞いてみると、絵本にあったでしょですって。いま、ピーター・スピアでよく読むのは『ばしん!ばん!どかん!』だ。音だけの絵本。ごはんをつくる音、工事で機械がうごく音、子どもたちは、我が家と同じような除雪車がでてくるところが大好き「つるるるるるるる」という音を読むと「これ、家にあるねえ」と子どもどうし顔をあわせてにっこりする。音だけの世界の絵本、「よんで、よんで」ともってくる。現在、入手できないのが残念。

2004.04.03

物理学

磁力と重力の発見』の序文を、声にだして読みつれあいに聞かせた。詳しい分野でもないのだが、

太陽系いの正しい理解は、ただ単に太陽を中心に置くこによってではなく、万有引力を導入し、その力で太陽がすべての惑星をその軌道につなぎとめていると考えることによってはじめて可能となった。

を読んだくだりで、「物理学が楽しくなるのはここからだよなあ」という。物理学の歴史もおもしろいのかも、と思えた瞬間。
眼の狩人』を読み始める。鍛錬と蓄積がなくては表現しようとすることが伝わらないメディアとして「絵画や文章」をあげていた。しかし、写真はむしろ逆だという。蓄積はマイナスに作用し、蓄積ゼロの状態が写真にとってベストコンディションだと。著者に興味があり手にとって本だが、おもしろい。まだ読みかけ。

今日はニコラス・ケイジの映画をレンタルして観た。ふむ、しあわせがキーワードなのね。

2004.04.02

読了本

細切れの時間の中で読んだ本。とても好きだったエンジェルシリーズの最終巻がでてしまった。全6巻。『エンジェル翼をひろげる』。エンジェルと弟のボロ、お母さんそして新しいお父さんのルディ、赤ちゃんのテーナ、5人家族のあったかい話。エンジェルが細かいことで常にくよくよ悩むところに共感。そうなのよね、子どもの時、いや大人になっても気にするのはとめられない。それとどう折り合うか。変化を好まないのもよくわかる。そんなエンジェルに「もっと翼をひろげて」というエールがタイトルになったのだろう。シリーズは終わるのがとてもさみしい。『鬼の話』は、ちょっと重い。鬼が無垢の象徴として描かれている短編集。『ペドロの作文』は、軍事独裁を背景した子どもの作文を書いている。硬質な内容に添う文章、絵ともに本という形をしっかりつくりあげていた。『だめだめ、デイジー』は、ニック・シャラットの無駄な線のないすっきりした描写がかわいい。母と娘のやりとりで、娘に注意する母親もあれあれと思うところもあり、しかしどちらかがどちらをせめるわけでもなく、からっとした雰囲気がこの絵本のよさ。『かぜひいちゃた日』韓国の若手絵本作家の作品。本文はハングル表記もされ、手書きのハングル文字、印刷されたハングル文字が絵の雰囲気にあわせて使い分けられ、まったく読めないのだけど、見ているだけで楽しい。絵も小さな遊びがページの随所にみられる。韓国絵本、これからどんどん出るのだろうなあ。と、久しぶりに子どもの本を中心に読了本をまとめてみた。

近況

年度末いちばんのいそがしい時期がようやく終わりつつありほっとしているところ。2つの組織の総会資料作成が神経つかいました。ひとつは新規の組織だったので、言葉ひとつ選ぶにせよ慎重に吟味(?)し、役の引き継ぎは、実際の仕事より大変ということを実感しました。あとは第1回役員会をつつながく進行できるよう、まだ準備はつづくのですが。新年度は子ども会の方は役員ではなくなったので少し安心。もう4月で新年度なのだ。子どもたちがひとつ進級し、クラスで彼らの様子はぐんと大きくみえた。不思議、数日の休みを経ただけなのに。

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