« ホエール・トーク | トップページ | 水菜 »

2004.05.06

前兆

6年ほど前、同僚が癌で亡くなった。その半年くらいまえに、仕事でつきあいのある方が亡くなっていたのだが、前兆に気づいたのは、急逝の報が入った時だ。あぁ、だからなのか、だからいままで仕事上でそういう処理をしない人がそうしかできなくなっていたのだと。当時の仕事はひたすら交渉、交渉の毎日だった。心がすさんだくる人も多く、解決に向けて気持ちなど斟酌しなくなってくる。そんな中、常識的な話のできる人だったのが、壊れてきたような感を受けた。同僚と、何だか変だから交渉も気をつけないとと話をしていたら、亡くなった。体を動かす趣味も多々もっていて、家族サービスもし、激務の仕事もこなしていた。あぁ……と思っていたら数か月して、同僚も細かいことは違うとはいえ、壊れていくように荒くなってしまった。再入院した時、見舞いに行くと、「俺は癌だと思うか」と聞いてきた。「どうして?」と聞くと、新聞を読んだら自分と同じ症状の人が亡くなったと書いてあったからだという。「あなたは違うでしょう」と一笑した。仕事人間の彼は解決していない案件に話題をうつし、退院したらやるからなんとかふんばってくれと言っていた。ほぼ、毎日見舞っていたのだが、最後に部屋に行った時は個室で大きないびきのような音をたてて寝ていた。つれあいさんが隣で仮眠をとっていて、「ちくしょう」という寝言がもれた。誰も起こさないよう病室を出た。最後まで気にかけていた案件は、私がみた案件の中で一番こじれにこじれ解決に数年を要した。通夜もお葬式も手伝った。おつれあいさんは、湿っぽくしないで大いに飲んでおくりましょうと言った。おつれあいさんは、ちょうどその亡くなった病院を定年退職したばかりの元看護婦長だった。同僚もあと数年で定年だったのに。それからほどなく、私はまんなかの子どもを身ごもった。死は生の交換のようなものだ。同僚がきっと見守るだろうと私は心おだやかに出産をむかえた。そんなこんなを思い出した。『朝霧』におさめられた「山眠る」にこんなエピソードが書かれている。「私」の母上がご先祖さまの話しをしだした。「私」からみると祖父。障子をはるのは自分の仕事と他の人にはさせなかった。それが亡くなる何年か前から張り方が乱れてきた。少しずつ違っていくのを見せつけられるようで哀しかったと、母上は語るのだ。そうか、私もその違いを見るのがせつなかったのだなと、それで同僚を思い出したのだろう。
走れ、走って逃げろ』の装画を描かれた中釜浩一郎さんが急逝した。1965年生まれの方だ。この本の表紙はすごくいい。タイトルにあるように逃げる少年が描かれている。背中を向けて。人の背中を描いた絵は、それだけで惹かれてしまうところが私にはあるのだが、この絵も一度見てから、目をつむっていてもすぐ思い出せる。合掌。

« ホエール・トーク | トップページ | 水菜 »

おススメ本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/9198/549931

この記事へのトラックバック一覧です: 前兆:

« ホエール・トーク | トップページ | 水菜 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

Google



  • ウェブ全体から検索
    ココログ全体から検索
    1day1book内検索