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2004年10月

2004.10.27

物語を

考える人」を求めたのは、Blue Boxさんに石井桃子さんの記事が載っていることを教えていただいて。この雑誌は、創刊号の時に求めたきりで、買う機会がなかった。特集が「子どもをめぐる耳よりな話」というのにも惹かれた。まだすみずみまで全部読んだわけではないが、どの記事も読んでよかったと思われるものばかり。おいしいごはん日記を書かれているいしいしんじさんも登場して、めんこい子どもたちがわさわさと写っていた。バイオリン製作者のインタビュー、子どもの読書を応援する書店メリーゴーランドの増田さんのインタビュー(「本屋に泊まる」イベントの写真がいい。うらやましい!)、子どもの靴専門店オーナーのインタビューもおもしろかった。子どものためにと、体操教室はここ、塾はこことカタログでよいものを取り寄せるように専門家にまかせたがる(まかせて安心したがる)が、親が子ども全体を見てやらなきゃと言われていた。体だって、足だっていろいろなサインを出しているから、と。そして何よりよかったのが、梨木香歩さんの「ぐるりのこと」。そういえば、『村田エフェンディ滞土録』(角川書店)はこの雑誌で連載されていた。「ぐるりのこと」は今回が最終回で私ははじめて読んだ。エッセイのようで、日光の植物園に行った折、秋に少し早い時期の雨にあたり、百人一首で有名な寂蓮法師の歌と宮沢賢治の詩句を引いて、こう書いている。

時代を超えて、皮膚は同じ感慨を訴えている。皮膚一枚通して内側と外側が少しずつ交流を始めるような、そういう気配。
 肌身が経験する、圧倒的なリアリティの中へ参加している、という感覚は、私にいつでも、未だかつて語られたことのない言葉を使いたい、と強く欲求させる。そうでなくてどうしてこの、常に新しくあり続ける「今、この瞬間、この場所で」というリアリティが表現できるだろう、と。
ほかには、平松洋子さんによる韓国港町デジカメ日記もすっごくおいしそうだった。雲丹とわかめのスープ、キジのレバー、スープ、お焦げ湯スンニュン、ピビム冷麺などなど。あぁ、いつか韓国に行って食べたい。参考になったのは、山川みどりさんの「六十歳になったから」に書かれている日々つれづれエッセイに、人は一日に最低17分は対話するほうがいいそうという言葉。なるほど。まだ60歳までには間があるけれど、参考にしようと思った。


地震、台風被害、胸が苦しくなるようなニュースが続く。中村びわさんのブログで、整理された情報を読み、わずかながら義援金を郵便局から送金。

2004.10.24

朝ごはん

昨日つれあいがセットして焼いてくれたパンの耳が残っていた。いつかつくってみたかった「残りパンのおやつ」(『辰巳芳子の旬を味わう』より)を今朝のごはんに。

牛乳と卵をよく混ぜてパンを浸す。
焼くとき忘れずになべにふたして
中にいれたのは、庭の細ねぎと冷蔵庫にこれまた残り物でちょっぴりあったベーコンとウィンナー。子どもたちは、お好み焼き風に、ソースとマヨネーズをつけて食べた。「おいしい!」と好評。つれあいにも、甘くない具入りホットケーキとして好評だった。

昨晩の地震で親戚からお見舞い電話を何本かいただく。この地域も震度5弱と報道されていたようだが、大きかったのは西の方で、我が家も大きくゆれたもののゆっくりの揺れだった。おかげでパニックにならず、テーブルの下に避難したぐらいですんだ。被災された方々のお見舞いと一日も早い復旧を心から祈ります。

2004.10.21

近刊

配本予定日 2004/11/04
ガンプ 魔法への扉』エヴァ・イボットソン 三辺律子訳 The Secret of Platform 13 by Eva Ibbotson (偕成社)
ガンプの扉は9年に1度、9日間だけ開く。むかし、ガンプというのはどこの国にもあった。地面がもりあがって草のはえた場所のことで、そこにある扉が上の世界へと通じる秘密の扉なのだ。〈島〉に住む人たちは、そのガンプの扉から上の世界へ時々出かけていた。平和な島、やさしくかしこい王様と女王様、そして赤ん坊。ガンプの扉が9年ぶりに開いた時、乳母たちは小さい王子をつれて上の世界へ行った……。

物語が耕されたよい畑のように、ふかふかと気持ちよく横たわっている。そしてそこに実っているひとつひとつに愛着がわいてくる。人のきれいな心と邪悪なものが対極的に描かれているのではなく、きれいな心がよりきれいにひきたつように描かれていた。9章の魔法ショーは何回か読み返したほど。コクのあるイギリスファンタジーです。

2004.10.20

おひたし

本当のおひたしは、おいしいだしに好みの味加減をし、これに菜をしばらく浸しおき、食卓に出すとき、切って、軽く絞り、上から調味だしをかけ、しっとりと菜を食べる方法です。 ゆでた菜に花がつお、しょうゆを落として食べても「おひたし」。この食べ方のどこにも浸すという仕事は見えません。浸すという言葉どおりの方法で青菜を召し上がると、サラダにはない心地よさを納得されるでしょう。   『辰巳芳子の旬を味わう』根みつばのおひたしより
料理らしい料理ひとつ覚えずに大人になった私は「おひたし」は上記に引用したゆでた菜にしょうゆを落とすものだと思っていました。『辰巳芳子の旬を味わう』(NHK出版)の最初に紹介されているこの記述に認識をあらたにしたものです。 先週金曜日からずっと子どもの行事運営で時間をとられ、夜は情けなくもくたくたになり、つれあいが食事をつくってくれていました。昨晩はこういう時こそ丁寧につくったものを食べようと「おひたし」を。根みつばはないので、小松菜です。葉と軸を分けてゆで、一番だしをとり、お酒と醤油で加減だしをこしらえます。ゆでた小松菜を加減だしに浸し、冷蔵庫へ。色美しくおいしくできました。他には麻婆豆腐、これは子どもたちが小さいので、ネギ、しょうが、にんにくのみ。豆板醤などはいれずに大人が食べる時につけます。他、昨日のおでん、白いご飯が夕食の献立です。あっという間にどのお皿も空っぽに。おひたしも、「これ、うまーい」とさくさくなくなっていきました。おいしかったとひとごごち。

2004.10.14

木曜日

マザーグースの本で木曜日生まれが遠くに旅する子と知ったのは、子どもの頃。自分はどこか遠くに行くかなとちょっとわくわくした。それを思い出しながら『木曜日に生まれた子ども』を再読。地霊のようになっていくティンに、前回読んだ時よりぞくっとした。最初に読んだのは数ヶ月前なのだが、共時性というか、その時、子どもたちがにわかに穴をほりはじめた。せっせ、せっせと庭に穴をほり、子ども2人がお風呂に入るくらいの穴ができて、気持ちいいなぁと穴の中に入るのを楽しんでいた。すぐにそこまで深く掘れたわけではなく、天気のいい週末にせっせと掘っていて、だんだん大きな穴になった。読了してすぐの時に、この様子を目の当たりにして、ちょっと怖く(?)なり、本の感想をどこにも書かなかった。いまや、寒くなり庭ですごす時間が減り、子どもたちも穴掘りに飽きた。雑草が穴からぼうぼう生えている。そのうち雪でみえなくなるだろう。夏の間、一番下のちぃが、この穴によく落っこちてわーんと泣いていた。しょっちゅう落ちるのだけど、かといって、埋めるのも2人にかわいそうな気がして、そのままに。そういえば、何曜日生まれなのかと、今日調べてみると、3人のうち、2人が木曜日生まれ。どこに旅するのかしらん。

それから、木曜日といえば、みなみストアー。リニューアル後からようやくいつものチラシが入りました。北海道のサンマが今日の特売。明日は秋かつお刺身。明後日ははまちなど。さといも、ねぎ、大根も安いです。今日はサンマにしようかな。

2004.10.12

読んだもの、

子どもが2人一緒に発熱した。いつもは3人順番になのだが、めずらしくもぴったりの波長。一人の体温があがりだすと、もう一人もぐんぐんあがり、さがりはじめると一緒にさがる。湯気がでそうにあつくなっている時は、もちろん不快感が強いのだろう、ずっと座って抱っこしていた。そのうち、とろんとろんと眠くなりとろとろと眠りだす。その様子をみていたつれあいが、「そうやって眠るのは幸福だな、おれもそんな子ども時代があったら楽しかったろうな」と言う。つれあいの子ども時代は経済的にも家族機能も不幸だった、と思う。「いま、子どもたちから父ちゃんと慕われて本物の父ちゃん子が3人いるからいいじゃない」と言ってはみたが「そんなことは関係ない」とあっさりかえされた。そうだろうな。それはさておき、子どもがとろんと寝始めたので抱きながら本を読む。『奇跡的なカタルシス』、『アウェーで戦うために』。サッカーが好きだとより楽しめる本だと思うが、サッカーをまったく知らない私も楽しんだ。昨日は夢でサッカーを指導する夢までみた。nakata.netも読むようになっている。この本で書かれていることが、サッカーだけではなく、それを通して美しいものや自由について書かれているからだろう。

神谷美恵子「脳の働きについて」(月刊みすずより)。少し前に届いていたのをようやく読めた。精神医学にどうして惹かれたのかがよく伝わってくる。講演のテープを起こしたこの原稿を読むと前頭葉について熱心に語る氏の口調が聞こえてくるようだった。

ミッドナイト』を数日前に読了。いままで日本で紹介されていたウィルソン作品とは、ちょっとテイストが違っていて楽しめた。ウィルソンは重く書こうと思えばいくらでも書けるテーマを、かろやかにパンチをきかせてみせてくれる。今回はそこにちょっとよりスパイスがきいている。人物がそれぞれ多面的に書かれて、きらわれものとして読まれそうな父親のやさしい面もきちんと伝わってきて、それがうれしい。

2004.10.10

くるま

ずっと調子のよくなかったセレナが昇天。雪のふる前にこうなったのは、神様がどこかから、もう乗るのをやめなさいと言ってくらようなタイミングだった。車を使う用事があり、それを終えて帰宅しかけた時に、ちぃがとろんとろんとしているので、このままぐっすり眠らせてから帰ろうとたくらんだことから始まる。つれあいは、がたがたしたデコボコ道がいいんじゃないかと、農道を選んだ。ところが、台風の雨で農道は思ったよりやっこかった。そう、つるんとあぜ道に落ちた。それはセレナではなく、もう一台のKei。つれあいはセレナでひきあげようと持ってきたものの、やっぱりセレナも落っこちた。Keiをひきあげるためのロープは細いのしかなく、結局それはあっけなく切れてしまう。子どもたちだけセレナで連れ帰った方がいいのではと、バックして戻る時にずるっと落ちたのだ。二台の車はかわいらしく斜めになってしまい、JAFにヘルプの電話をかけた。到着するまで40~50分かかるという。その間、子どもたちは農道を走り回り、木の枝を拾ったりしてたき火しようかなんてのんきなことを言っていた。ちぃは車につんでいたままごとセットで、「はい、ハンバーグ。さかなも焼くよ」とせっせと遊ぶ。ようやくJAFは来たものの、二台も落ちているので、慎重にあぜ道に近づく。結果的にKeiはセレナの重みを利用して手動でひきあげ、セレナは近所の人がコンバインを持ってきてくれてひきあげた。調子の悪かったセレナはあぜからは脱出できたものの、農道から国道に出る少し手前でギアが入らなくなり、あとは積載車のお世話に。非常に見通しのいいところだったので、あちこちの家が見ていたよう。手伝ってくれた人も10分くらい眺めていたけど、出られそうにないので原チャでみにきてくれたのだ。おじいちゃんも見に来て「雨でやっこかったからなぁ」と言ってはあぜをとんとんと足でふんでいた。ちょくちょく見てくれた近所の人も皆「ここんとこの雨でねぇ」と同情してくれた。暗くなる前に終わってよかった。みなさん、ありがとうございました。

2004.10.09

朝ごはん

久しぶりに午前中に用事が入らなかったので、ゆっくり寝ていようと思っていたのだが、ふつうに目覚めた。時計の音で目覚めなくてもいいとなると、リラックスして起きられるんだなあ。なので、ごはんもつくれた。いつもは、パンを焼いて、ジャムをつけてあとは牛乳、このパンがクラッカーだったり、あとはホットケーキなどてきとうな朝食。

 ごはん
 おみそ汁
 ズッキーニ、赤ピーマン(庭でとれた)、ウィンナーを塩とオルチョで炒めたもの
 ゆで卵
 ほうじ茶

たいしたものではないけれど、どれも丁寧につくったのでおいしかった。おみそ汁は昆布とかつおぶしの一番出汁でつくった。具は最近こってるネギ、タマネギ、そして油あげをオルチョで炒めたもの。ネギをオルチョで炒めるとすごく甘みがまして美味。子どもたちにはワンプレートでもりつける。こうすると、お休み気分でうれしがるのだ。外はあいにくの天気で肌寒いけれど、家の中はストーブでぽかぽか。ごはんを食べ終えお茶をのみ、それぞれ宿題やべんきょーを始め、ひとつのテーブルところ狭しとノート類でうまる。数をかぞえ、漢字を教え、シール貼りのお手伝い。さて、午後は子ども関連の会議、早く終わりますように。

2004.10.08

スモールさん

ロイス・レンスキーのスモールさんシリーズは最初の子どもが生まれた8年前からずっと我が家の人気絵本。運良く、復刊された時期もあり、そして『スモールさんはおとうさん』が久しぶりに復刊(福音館から童話館へ版元変更)して、手元にそろった。(残念ながらいまはまた入手できない本もある。)レンスキーが4歳になる息子とその遊び仲間のやりとりからスモールさんシリーズは生まれた。小さい人たちはスモールさんに同化しながらこの絵本を楽しむ。我が家でも、『スモールさんはおとうさん』を読みはじめると、これちーちゃんね、あぁ、この女の子が男の子だったらうちとまったく同じなのになぁと言いながら。人形遊びをしていると、「うちと同じだね」畑仕事をしていると、「あ、これできる!」と声があがる。シリーズで、スモールさんはヨットを操ったり、飛行機を操縦したり、多彩な活躍をみせるので、つれあいがよく「たくさんのスモールさんがいるんだなぁ」とおもしろがって聞いていた。レンスキーは、自分自身の子どもが自動車ごっこをする時に、本気で自動車を運転しているつもりになっている姿から、その興味にこたえる技術的な知識も盛り込んだ本をつくろうと思ったという。できあがったのが『ちいさいじどうしゃ』だ。そうして、スモールさんが初登場したこの絵本は1934年、いまから70年前に誕生した。邦訳されたのは1971年。彼女のつくった絵本への思いは我が家の子どもたちにもしっかり伝わっている。自動車や消防自動車、機関車の本はもうぼろぼろになるほど読んで楽しみ、いままた「おとうさん」の世界も楽しんでいる。

レンスキーの作品では"I Like Winter"、"I Like Fall"の2冊が、近くあすなろ書房よりさくまゆみこさんの訳で出るようだ。

2004.10.07

手仕事

まだ先だと思っていたら、今月号が待っていた号でした。「わたしのスカート」(安井清子文・写真/西山晶絵)はラオスの山に暮らすモン族の少女、マイが自分の民族衣装スカートをつくる1年間を写真と絵で描いています。麻の種をまき、収穫し、糸をつくり、染め、織り、刺繍をする。ミツロウで模様も描きます。その気の遠くなるような手作業を経て、自分のスカートができるのです。その美しいこと! マイが喜ぶ姿をみて、おばあちゃんが自分の嫁入りにつくったスカートを見せてくれます。「あんまりうれしかったから、一度着ただけで、、大切にとってあるの。このスカートはね、おばあちゃんがあの世に行くときに着ていくつもりだよ」といってスカートを抱く姿がとてもチャーミング。
手仕事といえば、デザイン・エクスチェンジの、大英博物館ファブリック・シリーズも美しくおすすめです。

2004.10.06

お楽しみ

やらなくてはいけないこと、それも締切のようなものがでてくると、別のことをしたくなる、のはきっと私だけではない。COULDのサイトを読んで、いろいろ読みまわるのは刺激を受けながら、散歩したようなすっきり感をもたらせてくれる。特に「お楽しみネタ」のカテゴリーはおもしろい。今回はGOOGLEのサイト。いつも遊び心あるロゴが出入りするGOOGLEのあのロゴがまとめて見ることができる、おとくなサイト。ご紹介ありがとうございます。

2004.10.05

みなみストアー

本日12:00にリニューアルオープン! るるんと出かける。雨で寒くてぶるるとふるえながら出たのだが、お店ではふるまいのいも汁がおいしそうな湯気をたてて迎えてくれた。店内は使いこなされた什器がぴかぴかになり、品物も背をぴっとのばして並び、清潔感がすみずみまででていた。31周年ということで、野菜ブロッコリー、小ナスが31円。それらはすぐに売られてなくなっていた。12:00前から客の入りがあったので、少し早めにはじまっていたらしい。みなみストアーといえば、お刺身。まぐろのおいしそうなのがあったので、少なめにちょこっと切ってもらう。大根やらちんげん菜、お昼用のうどんや具を買う。みつくろっていたら、お店のあんちゃんに「お客さん、ブログやってる? 教えてもらって見たよ」と声をかけられ、ひゃあ!とびっくり。「リニューアルっていっても、あんまりお金ないから大きなことはできないけど、従業員のみんなが什器とかピカピカに磨いてくれたんですよ」とうれしそうに話してくれた。ふふ、みなみストアーのあったかいところですね、そこが。

2004.10.04

いろいろ

ディナモ ナチスに消されたフットボーラー』(晶文社)。出版社の方が、「千葉さんはいい仕事をされていますよね。これからもいろいろ出ますよ」といわれていた。楽しみだ。届く少し前に、こちらでもこの本がとりあげられ、あわせて村上龍の『奇跡的なカタルシス』(光文社)の話題がでていたので、そちらも入手。先に『奇跡的なカタルシス』を読み始めている。切り口がよく見える読みやすい文章、ぐいぐい読めておもしろい。

世界の民話選セット』(岩波文庫 全11巻)を入手。ほしかったのでうれしい。特にカルヴィーノの『イタリア民話集』は古書でもいいからと探していた本なので、幸せ。週末は子ども関連の行事で、早起きしては外に出っぱなしで、心身共にぐったりして、なかなか活字が目に入ってこなかったのだが、この本はするりと読めた。マッサージのようにほぐされた。

スピリット島の少女』(福音館書店)。きれいな装幀。裏表紙の作者がチャーミングです。頭の上には烏??

2004.10.01

その名にちなんで

ジャンパ・ラヒリの『その名にちなんで』を読了。アショケは電車に乗って祖母の家に向かうところだった。祖父が失明し、アショケが蔵書を譲られることになったので、それを受け取りに行くのだ。スーツケースは2つ。一つは衣類やおみやげが満たし、もう一つは本をいれるために空っぽだ。「ロシアの作家を読みつくす。それから読み返す」と祖父は言い、アショケは一番ほしい本が祖父の失明によって得られることに悲しさを感じている。旅の道連れにはゴーゴリの『外套』。その本がアショケの運命をちょっと横に向け、結果的にカルカッタを離れアメリカに行くことを決意させた。アシマと結婚し、アメリカに渡り、そして息子をさずかる。祖母から名前が贈られるのを待っていたがなかなか届かない。アメリカでは出生証明書がないと赤ん坊が病院から退院できない。2人はとりあえずの名前として「ゴーゴリ」とつけた……。冒頭の出産シーンは、私も最初のお産を思い出した。

今度は熱病に見舞われたように、ぶるぶると震えがくる。三十分ほども震えが止まらず、ぼうっとして、毛布にくるまって、体の内側はすぽんと抜けたようだが、外の輪郭まで修正されたわけではない。
そうなのだ。最初の子どもは病院出産で、生まれたあとは2時間ばかりひとりで分娩室におかれた。いままであった暖かい命はどこかの部屋に行ってしまい、ひとりでがたがたと震えていたことを。発熱しているわけではなかったが、早く2時間がたちこの分娩室から人のいる部屋に行きたいと願った。アシマは望んでインドを離れたわけではない。結婚した相手がアメリカに行くのでついてきたのだ。アショケにとっては意識したアメリカ滞在だが、アシマは違う。それでも家族になることを選んだのだから、違う違うでは生活がなりたたない。アショケとて、自分で望んで国を出たけれど、慣習は忘れず夫婦ともにカルカッタに帰ることは大事なことだ。生まれ育ったところでずっと暮らしていけるほうが幸せとかそうでないとかではない。つながっている元の場所は、離れれば離れるほど不思議な位置づけになっていく。そこにいることの心地よさと、いないことの心地よさは同じものではない。そんなこんなの、物語のひだに共感しながら読み終えた。

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