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2007.03.16

窓が開く

グレゴリー・コルベールの魅力(3)


 Ashes and Snow へ行かれた方は体感されていると思うが、美術館内は外気とかなり近い空気になっている。寒い時は寒いまま、これからの季節だと暑い時は暑く。それがグレゴリーの意向だというのは、作品世界により近づき、息づかいを感じてほしいからなのだろう。美術館という場所に置かれた時に感じる人工的な静けさとは無縁なそこでは、風が強い時はその音までも聞こえ、建物がふるえるのを感じる。私が訪れた時も、風の強い寒い日だった。12メートルもある、スリランカ製のティーバッグ100万個で作られた透けて見えるカーテンが風にぱたぱたとゆらめいていた。

 美術館に入ると、薄暗い照明の中、床は木の厚板で作られ、紙筒で作られた柱が美しくそびえ立ち、木の廊下の両側には、石が敷き詰められている。和紙に焼き付けられた写真は、細いワイヤーで吊され、照明があたった和紙までも独特のシルエットを残す。入ってまず、両側にある写真をみていき、つきあたりに映像を座ってみられる領域にうつっていく。9分の haiku 俳句と題されたショートフィルム2本と、60分のフィルム。ショートフィルムの方は、ショップで売られているDVDにも収録されていない。

 映像をみていると、写真で観てきたシーンが、今度は動く画像として鑑賞できる。だが、グレゴリーは動画は動画、写真は写真で撮っており、どの写真も、動画からのものはない。なぜこんな但し書きのようなことをパンフレットにも、そしていまここでも書くかというと、グレゴリーの撮るものは、信じられないような組合せのものなのだ。会場に入ってすぐ目に入るのが、少年が座って本を読み、その横でまるで同じような空気を共有するかのように、ゾウも座っている。
 映像でも、ヒョウがするりと少年の横を歩いたり、走ったりしている。かするとケガなどしないかしらと、世俗的な心配をしてしまうくらい、目の前で動いている人間やヒョウ、ゾウと人間という組合せにびっくりしてしまう。それでもじっと見ていると、不思議に見えていたものが、自然な姿に見えてくる。映像にもでてくる小説の一部を引用する。

 

 七十二番目の手紙 ――

 ――心は何年も窓を開けたことのない古い家のようなものだ。だがいま、窓が開く音が聞こえる……、ヒマラヤ山脈のとけかけた雪の上を舞うツルの姿が頭によみがえる。マナティの尾の上で眠った思い出が。アゴヒゲアザラシの歌が。シマウマのいななきが。アマガエルの合唱が。サン族の舌打ち音が。カラカルの耳が。ゾウが体を揺する様子が。クジラが水面に躍りでるさまが。オオカモシカのシルエットが。ミーアキャットのくるっと丸まった指が。ガンジス川を漂ったときのことが。ナイル川での帆走が。ダマヤジカ・パゴダの階段をのぼったときのことが。ハトシェプスト女王葬祭殿の廊下をさまよったときのことが。たくさんの女たちの顔が。果てしない海、何千マイルもの川が。二人の子の父だったことを覚えている。妻のことを。誓いを。彼女の指に指輪をはめたことを。ヴェールをめくったことを。キスを。ワルツを。ウィッシュボーンをひっぱったことを。ウェディングケーキの味を。蜂蜜のボウルに浮いていたハスの花びらを。ザクロを切ったことを。モモの皮をむいたことを。


続く
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コメント

みるかさん

お台場の展覧会、すてきですよね。小説を読んでから、写真や動く映像をみるとまた見えてくるものがあるんです。

お台場でのコルベールさんの作品を観た感動を思い出しています。
ああ、小説もこんなに素敵だったのですね。

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