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2007.04.14

乾き

短章集
永瀬 清子著
女性詩史再考
新井 豊美著

 のどが渇くように詩を読みたい時があるわと、私の先生は言い、美しい言葉を教えてくれます。私もむしょうに詩を読みたくなる時があります。昨日の新聞記事に永瀬清子さんの『短章集』(思潮社/詩の森文庫)が酒井佐忠氏による文章で紹介されていました。

「詩を書く理由」と題した短文では
〈植物の中を水が通るように――。
つまり植物の表面において水は乾くから、
植物は根から水を汲むポンプだから
だから私の中を詩が通る。〉
と書く。詩は水脈にほかならない。乾く作用と汲む力の両方がなければ詩は生まれない、と詩人は伝える。詩人の中には水を吸い上げるポンプが必要だし、また「心の渇き」を感受する繊細さが要求されている。

本棚から『永瀬清子詩集』(思潮社)を取り出し読む。最初に目にはいった詩。

外はいつしか

外はいつしか春のみずいろ
おもむろに樹々はひかりはじめ
雨も風も心をなごます
私にいるものが漸く来たのか
陽の傾斜のわずかな回復
これが私にそんなにいるのか
私の心の弱さかぼそさ
わがままにさえ私はねがう
よい時季(とき)よ私に来てくれ
よい友よ、私をたすけ起こせよ
かえらぬ過失や悔いを忘れしめ
つれなき行為を笑みもて受けしめ
苔の下をも黙してしのび
ああわが心を春のやさしさもてみたしめよ

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コメント

せいさん

コメントが遅くなりすみません。ようやくふつうの生活にもどってきました。
仰るように、トシのおかげで染みいってくる言葉がありますね。そして乾きすぎるとあふれてしまう。少しずつ少しずつ乾きをいやしつつ、みずみずしくいたいものです。

こういう詩、トシ喰ってくると、実にしみじみと潤います。
あまり乾いてるとこに一気に水をやると、鉢土に沁まずにこぼれ出すように、私も目から水があふれそう(笑)。

Gelsominaさん、私は吉本隆明さんのも惹かれてます。というか、これ全部読んでみたいですよね。私も今回、新聞を読んでこのシリーズを知りました。リアル書店で手にとってみたいものです。
私も、しばし原稿読みに時間をさかなくてはいけないので、本が積まれそう。それもまた楽し、ですけれど。

 こちらこそタイポづくしでごめんなさい。「よい時季、よい友」ですよね。『短章集』は朝刊の書評を見てネット注文、待っているところです(^_^)。
 詩の森文庫はあまり書店で見かけないのでよく知らなかったのですが、すごいですよね、ほしいのだらけです。辻征夫さんのは『かんたんな混沌』を元に再構成されたものなのらしいで(この本、詩を知るのにためになりました。人柄も好きな感じ)、何が増えているのか気になるし、田村隆一さんのはすごくほしいし、鮎川信夫さんのも鶴見俊輔さんのもとっても気になるというところですねえ。読みたくてひかえている本、本、本、が日々を支えてくれてる感じです。さかなさんのように実際に読めてゆく人があこがれです…。

Gelsominaさん、昨夜勢いで打ち込んでしまったので、タイポばかりでいま修正しました。

一昨日、久しぶりに市内の方へ行ったら、だいぶ桜が咲いていていつのまにかを感じたんですよね。Gelsominaさんはもう『短章集』お読みになられたのですか? この詩の森文庫のラインナップすごくいいですね。私も少しずつ読んでいこうと思っているところです。永瀬清子詩集は思潮社のハードカバーが入手しづらいですが、箱の中からこの詩集をとりだし、ひとつひとつ読んでいくと乾きが癒されます。

ああまさにこの『短章集』のことを書こうとしていたところでした。
「外はいつしか」を思い出させてくださってありがとう。。「私にいるもの」は、ほんとうに、よき時季(とき)、よき友、ですね。春のみずいろ、という言葉のリフレイン、いつまでもつづいてほしいです。

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