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2009.03.14

ベルおばさんが消えた朝

Bel 『ベルおばさんが消えた朝

 ルース・ホワイト作
 光野多恵子訳
 徳間書店

 ★1997年ニューベリー賞オナー作品
 ★1996年ボストングローブ・ホーンブックオナー作品

 児童書を読んでいて、時々、ガツンとなる本に出合うと、雑誌「飛ぶ教室」(※1)で連載されていた《成長物語のくびきをのがれて》(石井直人)を思い出す。当時、リアルタイムでこれを読んだ時、自分にとって読み続ける意味を確認できたのだと思う。だからこそ、ここにもどってくる。

 わたしたちは、成長の過程で、たとえ挫折とよばれるほどの劇的な体験がなかったとしても、たくさんの経験の細部をその場におきざりにしてきた。だれがわるいとか、なにがまちがっていたということではない。ただたんに成長するということそのものが、その場その場にこぼしていってしまう小さな砂礫のような経験の細部があるのだ。


 この、おきざりにした、もしくは思い出さないようにしている経験が、本を読むことでよみがえってくることがある。この『ベルおばさんさんが消えた朝』で、私は久しぶりに形容しがたい感情と向き合うことになった。

 現代に書かれた作品だが、作品の時代背景は50年代。舞台はアメリカの山間にある小さな町で、ジプシーと彼女のいとこ、ウッドローの物語だ。
 ベルおばさんというのは、ウッドローのお母さんで、ジプシーのお母さんの妹。10月のある朝、ベルおばさんが消えた。朝、家を出たきり戻ってこなくなったのだ。突然のできごとに、父親は対応しきれなくなり、ウッドローはジプシーの家に引き取られることになった。ジプシーは、どうしてベルおばさんがいなくなったのか、きっと息子のウッドローなら知っているのではないかと、あれこれ探りはじめる。知っていそうな秘密を確かに持っていそうで、隠しているわけでもないのだが、ジプシーには結局のところわからない。ベルおばさんはどうしていなくなったのだろう、生きているのだろうか。なぜ、家族をおいてひとりで出て行ったのか……。

 家族というのは得難いものであることは否定しないが、家族だからこその感情で大事なことを伝えられないこともままある。ベルおばさんの失踪は、ジプシーの家族もまきこむ。飲んだくれで、子どもを育てるのには適さないと周囲に思われる父親から離れたウッドローは、ジプシーと同じ学校に通い出した。ジプシーもひとりっ子なので、ふたりは「いとこ」という血縁関係をきっかけに、ぐんと近しくなり、いろんな話をする。本当に仲良くなると感情のぶつかりあり、ぶつかってまた近づく。
 ベルおばさんの秘密を知りたいジプシーだが、彼女もまた親に関して重たいものをもっていた。はたして、その感情があふれる時、家族それぞれが向き合うものがある。

 人は助けてくれることで、生きながらえる。12歳という同じ年齢のふたりは、互いに助け合い、大人になる前の高いハードルに向かっていく。読みながら、何度も私も思い出していた、あの時助けてくれた人、話を聞いてくれた人、気持ちに寄り添ってくれた人、その人たちの存在があって、いまの私がある。当事者にとって、何かを乗り越えることは簡単じゃない。だからこそ、物語を読んでいて苦しかったのも事実。子どもがつらいのであれば、親もつらい。大人も子どももつらいその気持ちを、傷をなめあうだけの描写にとどまっていないからこそ、心に残る。丁寧に的確に気持ちの機微を描いたこの物語は、これから先も折にふれて思い出し、読み返すだろう。物語を大事にしている訳文もまたすばらしく、大事な一冊がまた増えた。

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※1 「飛ぶ教室」39号(楡出版/1991年)

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コメント

ERIさん

トラックバック、コメント共にありがとうございます。

時にYAは無意識に封印していた心の扉を開けるときがありますね。この作品がそうでした。だからこそ、必要としている子どもたちが、自分たち自身でこの物語を見つけてほしいなあと切に思います。

深く心の中に食い込んでくる物語というのがあって、まさにこの本は、そうでした。読み込むうちに真実という厳しい地下水路まで下りていくような気がしたんですよね。さかなさんのレビューを読んで、その気持ちに、コツン、と答えをもらった気がしました。
だから、私もYAや児童書を読むのはやめられないのかもしれません。

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とてもきめ細やかな物語でした。 小説は、心を描き出すもの。それは当たり前の事のようで なかなか難しい。特に、思春期の子どもたちの心を映し出すのは 難しいことです。12歳、13歳、というのはやはり、人生の ターニングポイントです。心も、体も激烈に変わっていく。 大人という世界の入り口に立って、扉を開く。 いろんなものが見えてくる・・これまで見えなかった物語、 今まで感じなかった物語が、胸の中で膨れ上がってくる年頃です。 あの頃の心のおののきって、幼少期と並んで、人生の 第二...... [続きを読む]

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