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2015.11.29

2015/11/28の覚え書き

「肉声、肉筆、そして本」がテーマのただようまなびや2015に参加。

今日が一日目。

土曜日、朝から晩までひとりで学ぶというすばらしき自由時間を与えられたにも関わらず、一日布団の中で眠っていた方が休日らしいのではとだらだらする自分にあきれつつ、けれど、どれだけ今日という日を楽しみにしていていたのか知っているのも自分。

休日のありがたみは、お弁当をつくらないこと、家族の朝ご飯の準備をしなくてもいいこと。まだ娘が中学生だから、だけど。

朝の電車はほぼ満席。時々うたたねしながら、1時間ちょっと。

今回の会場は駅すぐ近くなのがありがたい。

受付時間を待ち、受付を済ませ、会場へ。

誰も知っている人はいないけれど、文学というものに親和をもっている人達ばかりなのは伝わってくる。リラックス。

学校長の古川日出男さんの挨拶は腹の底まで響く。

「あ」を空気中になぞる。「あ」からはじまった。

どこかで、挨拶なんて、参加者に阿るものだと思っていた自分に渇が入った。ありがたや。

今回の講師で唯一、前知識のなかったのが華雪さん。肉声のふるえが、今回のテーマと重なる。

 

ただようまなびやという文学の学校が開催されていることは今年初めてtwitterで知った。豊崎さんのツイートからだったと思う。受付日をメモし、受付当日数分後に申込みをした。レアード・ハントさんの講義はそのときすでに満席。

でも、私が一番参加したかったのは豊崎さんのレクチャー。豊崎さんの肉声を初めて聞く事ができると思うと今日が楽しみでならなかった。

「深くゆっくり読む」この事を何度も仰っていた。311以後、速読が以前ほどできなくなり、一文一文をしつこく繰り返し読むようになっていた。おかげで、細部の豊穣さを味わえるようになっていたのだ。小説は斜め読みに向かないと豊崎さんはいう。フォトリーディングにも向かない。その通り。311で得たものもあるのだ。

一方的な声を聞いているだけにも関わらず、ずっと豊崎さんの言葉に信頼をおいてきた。だからこそ、肉声を聞きたく、今回はそれがいちばんうれしかった。ついつい検証してしまいたくなるのだ。自分の信じたものがその通りだったのか。

豊崎さんの言葉には嘘がなく、愛情がある。だから信頼がおける。個人的な言葉を交わさずとも、今回の肉声でそれが実感できた。

深くゆっくり読む。その先の喜びのために。100年後の文学を楽しむために。

 

次はワークショップ。

華雪さんと古川さんのコラボ(?)。古川さんの朗読と華雪さんの書。色白の華雪さんが朗読がはじまり、自分の最初の一筆をおろす時には顔が赤くなっている。ものすごく生身を感じる。途中から古川さんの声を聞くのをやめて、目の前の華雪さんに集中した。筆、墨。文字が躍動する。はぁ。

その後、書をみていたか、朗読を聞いていたかで2つに別れて私は書のグループに。隣の朗読の声が耳に入ると自分のもつ筆の文字に何かが入る。音がなくなると、それはそれですっきりと書ける。どちらの感覚もおもしろい。「あ」を書いた。「あ」から始まったから。

 

 

これを書いたのは豊崎さんからの受講生へのアドバイスからなのだが、明日のために今日はここまでとする。不完全なのは承知。すまぬ。







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コメント

空さん

もちろん(!?)私も書など義務教育以来。今回は書というより、今回のまなびやのテーマである肉声、肉筆を体感できた喜びなんですわ。古川さんの平家物語の言葉が確かに古川さんの肉体を通してはきだされ、目に見えないはきだされた言葉が、華雪さんに届いて、華雪さんの肉体を通して、書になっている。みえない空気がみえるんです。あんな体験、初めてでした。

やわらかい表情の華雪さんが般若のような顔になり、色白な肌はまっかになって、古川さんは勝手に華雪さんの筆を何本もとりあげては奉納するように書の横に置く。

村上さんもちょこっとこのワークショップをのぞきにきて、あとで川上さんに「あれ、ぼくもやってみたかったな」と仰っていたのを小耳にはさみました(笑)。

あら、昨日拝読して興奮しながら書いたコメントがどっかへ消えてしまったようで、、、すでに何を書いたかも記憶がおぼろ、、、(^^)

ゆっくりしっかり読むことの大切さ、最近つくづく思います。人生の残り時間がどんどん減っていく気がする段階に入ってきたのでなおさら。噛みしめられるものだけ読んで(これからの時間を)生きていけばいいんだ、と改めて思いました(みたいなことを書いたんだったと思います)。
華雪さんのワークショップがさかなさんにとっては一番だったのですね。「書」というのは、わたしにはすごく苦手で縁遠い分野なのですが、とても興味はあるのです。新潮、読まなくちゃ。

NONさん

ずっとネガティブに思っていたんです。本がいままでみたいに読めない。入ってこないことへのあせり。それが深く読むことにつながっていけるということに気づかされた日でした。書、めちゃくちゃよかったです。図書館でもいいので、今月12月号の「新潮」に華雪さんが寄せている文章を読んでみてください。2日間の授業(!)の中で私には華雪さんのワークショップがいちばんおもしろかったです。

よかった。さかなさんがことばを文字を味わっている様子をしることができるのは、わたしの心の安定につながります(つぶやきでここにいざなってくれた空さん、ありがとうございます)。
あの日以来、読む速度がかわったこと、それを前向きに考えてらっしゃることが心にひびきました。わたしもリフレインして読んでしまいなかなかすすまないことがあり、それは翻訳している者の目で読んでしまうからなのだと、読者としては残念に感じることがありました。でも、それもまたひとつの読み方としてうけいれようとおもいます。
書もいいですね。小学生のころはいやいや握っていた筆を、にぎりたくなってしまいました。

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