冬の晩方
静かにしてゐると
幽遠な冬がいちどに下りて来るやうだ
人家のあたりに今まで騒いでゐた子供等の
その声や歌がはたと止んで
まるで蓋をしたやうに
地上は暗くなつてしまつた
ぞくぞくした寒さだ
針のやうに顫えてゐる空気だ
氷がみしみし張りつめられてゐるやうだ
障子が藍色にみえる
電燈の下で本をひろげて
読みかからうとして
ふいと静かなあたりをふりかへる
寒さは人の耳を澄まさしてくる
だれも来ない
からだがある一点に
実に微妙なある一点にぢつとしてゐる
『室生犀星詩集』より「冬の晩方」 浅野晃編 白鳳社
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