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2004.03.12

メール

平日、つれあいの帰宅が遅いので互いに伝える必要のあることをメールするようにしている。覚え書きとして。今日読んでいた本で、伝えたい引用があったので、「ひとやすみの時にでも」とメールした。

詩はリルケもいうように、経験の産物でなくてはならない。1行の句のなかにも、詩人が見たいくつかの憂い、生活体験の結晶が岩塩のようににじみ出る。魂が一つのものとして静かに語るのだ。詩が詩でありうるのは、この象徴性によってである。
いま読んでいる『本は生まれる。 そして、それから』より

返信:
共感があるのは、既にその事を知っていたから。
まさしく、経験の産物として内にあるのだね。

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