鬼のうで
『鬼のうで』(赤羽末吉/偕成社)を節分の日に読んだ。まず見返しが美しい。シンプルにほのかな淡緑の線が入り、黒字に腕だけ白く浮かび上がっている。「そうれ それそれ そのむかし」という出だしではじまり、めりはりのある画面描写で、読み手、聞き手を鬼のうでとはいったいなんだ、どうなるんだと、ぐいぐいひっぱる。「さあて、それから」「やあれ、やれやれ」と、声にだしてこそ響く臨場感あふれるテキストが、絵の迫力をいっそうひきたてている。読んでいる私も時をさかのぼって羅生門の世界に入り込んで楽しんだ。しかし、節分の日に読んでいるので、鬼のでてくる豪快な場面では、まんなかの子は恐すぎてとうとう顔を横にそむけ、鬼のページが繰られてから顔を絵本に戻していた。小学生の息子は「なんだかすごいな」と、終わってからぽつりと言った。
小学校では豆まきはやらないが、園で子どもたち2人は鬼退治をしてきたという。作戦を友だちと練り、バナナの皮を置いてそれにすべって落ちる、落とし穴を掘り、お酒を飲ませて酔っぱらわせるという作戦だそうだ。作戦図もつくり、計画はバッチリ成功したとのこと。酔っぱらってふらふら逃げていったよ、と言っていた。ちなみに今年は赤鬼がきたそうだ。家でも豆まきしようねというと、にわかに顔がくもり、「え! 家にも鬼くるの」と怖がるので、退治したからこないと思うよと安心させようとしたのだが、ずっと怖がっていた。2階でひとりで眠るようになっていた小学生の息子も昨晩は「鬼がこないか念のために」と一緒にねむった。今朝、登園時に、まだいわしの頭が扉についていたので、「どうしてとらないの?」と不安げな子ども。まだ、鬼がそこらにいるのではないかと心配になったらしい。「念のためだと思うよ」と言っておいたが。。。
« サトクリフ | トップページ | 大豆と手羽先の煮物 »
« サトクリフ | トップページ | 大豆と手羽先の煮物 »
コメント