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2007.11.07

シェイカー通りの人びと

シェイカー通りの人びと

 絵本の話を別の場所で書いていたら、無性に『シェイカー通りの人びと』を読み返したくなり、ちびちゃんに読む。

 この絵本はいまは品切れなのでしょうか。アマゾンでは高値がついていてびっくり。

 アリス&マーティン・プロベンセンの絵は、見開きにたっぷりに展開され、いずれもタブローとして堪能できるほど完成度は高く美しい。ストーリーは、年とって広い農地を管理できなくなったハーキマー姉妹が、生活のために少しずつ売り払い、シェイカー通りに人々が住み始めるというもの。正面を向いている人々の名前が連ねられ、みんなが仲良しというわけでもなく、住民は気ままな質で、がらくたがつみあがっている家も見受けらます。そんな通りに変化が起きるのは、ダムができることが決定した時。何もかもが水にのみこまれる前に、住民たちは去っていきます。あっさりと通りを後にしていくときの、軽いユーモアが余韻をもたらし、私はこの絵本をひとりでもよく読み返していました。

 この絵本の見返しに1999年11月9日子どもの本の店にて、とメモが書いてありました。その頃に一番読んだ上の子が、初めてダムを目にした時、「これが何か知っているよ。シェイカー通りの人びとの絵本でしょ」と言ったことを思い出します。こうして、絵本が子どもの心に住むのだなと深く感じ入ったのです。

 原書も持っているのですが、原書は表紙がクリーム色で、邦訳の表紙の上下につけられた、あずき色のバーがありません。クリーム色一色の方が、きれいに思えます。

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コメント

aostaさん

TBありがとうございます!

子どもは自分語で絵本を読んでくれますね。わが家は、そらで覚えたのもあれば、絵をみて、私が読んだのを思い出しながら、自分なりの言葉で読んでくれたりして、宝物のような時間です。まだ下の子はひざの上で聞いてくれるので、もう少し楽しいひとときが続きそうです。

お嬢様と本の話ができるのすてきですね。
私もワイルドのその話を読み返したくなりました。

勝手にTBさせていただきました。
ご迷惑でないとよろしいのですが。

「シェイカー通りの人びと」懐かしい本です。

絵本が子どもの心に住むとき、いい言葉ですね。
私の子供たち(21歳の長男と19歳の長女)の心にはどんな本が住んでいるのかしら。

娘がまだ字を覚える前、3歳の頃だったか。
自分のお気に入りの本を引っ張り出してきて「お母さん、ご本読んであげる」と言うなり本を広げて「読んで」くれたことがありました。
私が読んであげた話をいつの間にかみんな覚えて、そらで読んでくれたのです。
「かえるのあまがさ」という、繰り返しの多い、リズミカルな文章でした。

その娘がワイルドの「わがままな巨人」を読んで泣いた、とメールを寄越しました。

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» 読み聞かせの涙 [消えがてのうた]
 あれは引越す前の記憶だから、まだ小学校もかなり低学年の頃だったことに間違いはない。 小さい頃から、母は私達が眠る前に、本を読んでくれるのが常だった。 グリムやアンデルセンから始まって、「クオレ」や、お子様向け「アラビアン・ナイト」、「シェイクスピア物語」・・・ 自分で読める本でも、「読んでもらう」という楽しみは「読む」楽しみとはまた違う喜びがあった。  枕もとの小さなスタンドの灯りの下で、さまざまな物語が私の胸をときめかせ、そしてその続きを気にしながらも眠りに落ちる瞬間。 なん...... [続きを読む]

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