食堂かたつむり
『食堂かたつむり』 小川糸
ISBN 978-4-591-10063-9 定価:本体1300円(税別) ポプラ社
おいしそうなタイトル、あったかそうな表紙、実際に手にとってみたら、心地よい手触りの紙、帯は書影に映っていませんが、ざらっとした織物のような紙で、スピッツの草野マサムネさんが「食べる」ことは愛することであり、愛されることであり、つまり生きることなんだって改めて教えられる素敵な物語でした。と書かれ、ポルノグラフィティの岡野昭仁さんは、毎日口にするごはんにこんなに物語が詰まっているなんて気がつかなかった。これからは大きな声で「いただきます」と言いたい。というすてきな賛辞が贈られています。
倫子さんは、インド人の恋人とつつましく一緒に、しあわせに暮らしていた、と思っていたのに、ある夜、トルコ料理店でのアルバイトを終えて家にもどると、そこはもぬけの殻。家具も料理道具も何もかもぜーんぶなくなっていました。もちろん恋人も。ひとつ残されていたのは、祖母の形見である、ぬか床。倫子さんは、残された所持金全部で、高速バスの切符を買います。行き先は長い間帰っていない実家。どうしても好きになれない、おかんの元へ帰るのです。そこにはある賭けがあったのですけれど、とにもかくにも、ずっと目標にしていたプロの料理人としてスタートを切ることになりました。一日一組のお客を迎える食堂かたつむりを開店させたのです。
おかんの飼っていた豚のエルメスさんの面倒をみることを条件に借金をし、倫子さんは自分の城をかまえ料理をするようになります。この豚のエルメスさんもいいんですけど、読み進めるうちに、おかんもどんどん味わいが出てきます。倫子さんとは正反対の空気をもっていて、最初はいいところを見つけるのがむつかしそうな人に思えたのですが、言葉や態度から、今まで見えてなかったところに目が向き、この人と知り合いになるのも楽しいかもと思えてくるのです。
いつも手助けしてくれる熊さん(注:人間です)も、食べたいものはカレーと注文し、それにこたえるカレーがまたよくて。倫子さんが次のお客様にはどんな料理を考えるのだろうと、わくわくしながら読みました。
著者、小川糸さんは作詞家で、講談社から絵本『ちょうちょ』[関連Link]を出され、小説は本書がデビュー作です。初めての作品ならではの、荒々しさと瑞々しさが同居して、食いしん坊な方にはたまらない魅力がつまっているように思います。
私は特に豚のエルメスさんのエピソードが好きです。食べ物もきらびやかな食材ではなく、地元の野菜や肉、近場でとれる魚介をつかって、地に足のついた堅実なご馳走ばかり。食べてくれる人に向かってつくる料理は、日々の家庭料理でもあります。これを読んだら、今日のごはんをつくるのがまた楽しみになってきました。
そしてこの本を読んだら番外編もどうぞ。ポプラ社のPR誌「asta*」2月号で、「チョコムーン」が掲載されています。
小川糸さんのサイト 糸通信[Link]
野々宮さん、教えてくださってありがとうございます。いま、ネットで「アエラ」の表紙をみてきました。ほんとだ。たくさん、インタビューも受けられているようですが、表紙まで! すごいなあ。本は売れ始めると、生き物のように思えてきます。
「asta*」のPR誌も読まれているのですね。次の展開も楽しみです。
気になる新刊は、実は地元の書店ではあまり見かけないものも多いのですが、図書館に数か月遅れて入った時に目に入りやすいので備忘録みたいな感じです。そしてそして、私も園芸の趣味はないのですけれど、日陰の庭って、惹かれるんですよね。この本はガーデナーとエッセイストの共著のようですね。読まれたら、どんな感じかぜひ教えてください!
投稿: さかな | 2008.06.24 16:42
今書店に並んでいる「アエラ」、表紙の人が小川糸さんですね。とてもすてきな写真で、関連記事には小説デビューのいきさつも書かれていました。「asta*」の連載も楽しみに読んでいます。5月、6月と書店で入手できました。久々にPR誌の定期購読を検討すべきか、考えているところです。
それと、今日『日陰でよかった!』を買い求めました。園芸の趣味はありませんが、タイトルと内容に惹かれて手元に置きたくなりました。
投稿: 野々宮 | 2008.06.24 15:10
野々宮さん
ああ、そうですね。素朴でまっすぐなパンチ力、そのとおりだと思います。新鮮な文体でしたもの。食べることが好きで大事にされているのもよかったなあ。
いま、PR誌「asta*」の連載も、初々しい恋愛小説で続きを読むのが楽しみです。
投稿: さかな | 2008.06.22 21:33
昔の記事へのコメントですみません。
やっと、図書館でリクエストしていた『食堂かたつむり』が手元に来ました。いわゆる文学畑の人の書くものとはひと味違う、素朴でまっすぐなパンチ力を感じました。特に大詰めの、おかんとエルメスの話には圧倒されました。ところどころに放り込まれた、性に関する語彙が土俗的な隠し味になっています。「コーヒーゼリーみたいな兎の目」とか、「二色のソフトクリームみたいに、もたれ合う」とか、感心するようなフレーズもたくさんあって、待って読んだ甲斐がありました。ありがとう。
投稿: 野々宮 | 2008.06.22 17:45
きゃあ、ぶなの木さん
そう言っていただけてすごくうれしいです。
おかんのエピソード、ぶなの木さんにもおとずれたのでしょうか。
料理って愛だなと思います。愛は文字で書いても口にしても気恥ずかしいけれど、でもでもだいじにしたいことです。
オルチョの森のビスケット、おいしそう~。
投稿: さかな | 2008.02.17 22:01
さかなさん、こんばんは。
さかなさんの書評を読んで、すぐに読んでみたくなり、すぐに買いに行き、読みました。すごく良かった。この本の世界に流れている空気感も、倫子さんが料理を作るときの描写も。おかんのエピソードには泣きました。最近、私にも同じことがあったからかな。
読み終わって、早速「森のビスケット」作ってみました。しみじみとおいしいビスケットでした。二回目は贅沢だけど、オルチョで作ったら、これまたいい香りのビスケットになりました。
投稿: ぶなの木 | 2008.02.17 20:27
志生野さん
本って、表紙やつくりに恋しちゃうことありますよね。この本は雰囲気だけでなく、中身もところどころ猛々しくてよい感じです。きっと著者の作る料理、おいしいと思うなあ。
投稿: さかな | 2008.02.06 13:24
本屋さんの棚で見かけて、
装丁といい作者の名前といい、
いい雰囲気の本だなーと印象に残ってました。
さかなさんのおかげで、読んでみたくなりましたョ。
投稿: 志生野 | 2008.02.06 12:35