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2008.06.20

抜き書き


石井桃子集  7

 昔話は、十人中、八、九人の人にアピールする。ところが、創作になると、話がちがってくる。話の中に、ひとりの個性が盛られてくると、読者の幅は、それだけせまくなる。では、昔話と創作では、じっさいの話の上で、どこがどうちがうのか。(1969年)(プーと私)

 さて、この九年間、子どもたちが本を読んで喜んだり、喜ばなかったりするところを見て考えさせられたことは、子どもが読んでおもしろく、おとなにも――ただし、このおとなは、心を開いた、しなびていないおとなでなければならない――おもしろいのは、児童文学といっていいらしく、子どもだけがおもしろがって、おとなにはおもしろくないのは、ちょっと警戒してよく――これは、文学でない場合がしばしばあるから――おとなにおもしろくて、子どもにおもしろくないのは、文学かもしれないが、児童文学ではないだろうということだった。(1965年)(“リアリズムの大切さ”)

 元来、児童文学に必要なのは、何でもを可能にする空想と、必然性、客観性です。どんな超自然なことがあらわれても――または、あらわれなくても――その話は、その話としてのロジック(論理)がなければなりません。子どもの中は、モヤモヤした状態にあるかもしれませんが、子どもに理解できるのは、はっきりしたすがた、そして、それが動いて、事件をつくることです。宝の山にはいって掘りあてる金は、手にとれるようにみえなければなりません。(1959年)(まだ掘りあてない鉱脈)

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