極北で
ジョージーナ・ハーディング
小竹由美子 訳
ISBN 978-4-10-590074-8
新潮社クレストブックス
本体1900円+税
トマスという同じ名前をもつ2人がいる。ひとりはトマス・グッドラード。もうひとりのトマス・ケイヴよりずっと若い少年で、航海は初めてだった。船の上でふたりは年齢差をこえて、近しく言葉を交わすようになる。
時は1616年。捕鯨船は、氷で閉ざされる前に帰国するべくすすんでいた。その船の中で、トマス・ケイヴは途方もない賭をする。無人の島で越冬するというのだ、ひとりきりで。船員の誰もが不可能に賭けた、トマス・ケイヴはひとり、島に残された。
第一部では、少年トマス・グッドラードの語りで。第二部では、トマス・ケイヴの越冬の体験が語られる。
西暦一六一六年八月二十四日。ハルのトマス・マーマデューク船長へ、船員トマス・ケイヴの体験報告、東グリーンランドの未開地にあるデューク入り江にて、この場所における、知られる限り初めての越冬滞在について
日誌の最初にはこう書いた。
トマス・ケイヴはひとりで、眠り、狩りをし、火を熾し、食べ、日誌を書く、ときに休みをいれながら。冒険家の冒険ではなく、海の男が、なにもない島で、冬を越すのだ。昼夜の判別もむつかしい日もある。語る相手は自分、そして……。
静かで深い。それは空も海も、闇も。トマス・ケイヴは、そのとき、ひとりであって、ひとりではなかった。誰かの気配と、過去へとさかのぼり、長く冷たい時間を、きびしくすごしていた。
ジャック・ロンドンの『火を熾す』を読んだときも思ったが、ただ凍てつく場で過ごす、そのことがスリリングな物語になっている。『極北で』も、ぐっとくいしばるように読んでいた。周りの音が消えているかのように、私もひとりで物語と対峙した。彼の孤独を読むことは、自分の孤独ともつきあうことであり、ひとつの冬を物語のあちらとこちらで共有するのだ。
1955年英国生まれの女性作家、ジョージーナ・ハーディングは、越冬の日々の描写を、資料と想像力のみで書いたという。訳者あとがきにもあるように、それだけで書いたとは思えないリアルさがある。
表紙の青いあおい空に吸い込まれるように飛んでいる鳥。これはナショナル・ジオグラフィックコレクションの写真だ。
深いものは、空にも、地にもある。
ぱせりさん
コメントありがとうございます。ぱせりさんのブログでも感想を読ませていただきました。
敬虔な思いというの、わかるような気がします。この北の寒く静かな地で思索するというのは、そこにつながるのではないかなと思えるのです。
ジャック・ロンドンの『火を熾す』も、パンチを受けたような力強さがありました。ぜひぜひ読み終わったら感想お聞かせくださいませ。ぱせりさんの読み、とても楽しみです。
投稿: さかな | 2009.04.09 23:52
こんばんは。いつも素敵な本のご紹介をありがとうございます。
やっとこの本を読了しました。
荒々しい極北の冬の闇と孤独に圧倒されました。一つの冬の物語を、あちらとこちらで共有する、という言葉、噛み締めています。
読後不思議な静けさとなんというか・・・敬虔な思いが残りました。読んでよかったです。
ジャック・ロンドンの「火を熾す」も今図書館に予約中です。まだなかなか読めなさそうですが、楽しみに待とうと思います。
投稿: ぱせり | 2009.04.09 20:59
本を読んでいる時、自分のまわりで感じたあの冷たいものは、まさしくトマス・ケイヴの近くにいた感じがします。それだけ物語に近づかせてくれたこと、深く深く感謝します。
いい物語を読ませてもらいました。
投稿: さかな | 2009.02.25 23:40
こんな「読み」をしていただければ、この本も縦書きになった甲斐があったというものです。
(感涙。。。。。)
投稿: 上野空 | 2009.02.25 22:16