殺人者の涙
この場所に、偶然やってくる者はいない。チリの最南端、太平洋の冷たい海にノコギリの歯のように食いこむ地の果てに。
物語はこの文章からはじまる。
偶然やってくる者はいない。つまり意志をもってこの地に訪れる人はいるのだ。その土地に住む、ポロヴェルド農場には、夫婦と子どもが一人住んでいた。旅人たちは、ポロヴェルド夫妻の家で宿をとり、またどこかに去っていく。そうして、ある一月の暖かな日に、アンヘル・アレグリアがやってきた。彼の名前は「天使(アンヘル)」と「歓喜(アレグリア)」という名をもつ殺人者だった――。
夫妻の子どもの名はパオロ。何歳なのか自分でわかる前に、その機会を失ってしまった。アンヘルによって、パオロの人生は新たな展開を迎える。それはあらためて生き直す道でもあった。
冒頭から過酷な展開に、思わず絶句するものの、不思議と残酷だと思わずに受け入れる。この物語はまるで、民話のようなところがあるのだ。アンヘルもパオロも、後に出てくるルイスも木こりも。それぞれの役割がまた別のところにあるように、厳しく物語は紡がれていく。生きることの、幸福さと不幸が等しく、時に不幸に傾きつつ、帳尻をあわせていくのを読むのは、いままでにない不思議な気持ちを抱かせる。
言葉のもつ命を感じる物語でもあり、パブロ・ネルーダの詩が印象的に挿入されている。
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