
『イエメンで鮭釣りを』
ポール・トーディ
小竹由美子訳
ISBN 978-4-560-09002-2
本体2500円+税
白水社で始まったEXLBRISの第2段は、59歳にして書いたデビュー作品の邦訳。これがまた、とにもかくにも、やたらめったらおもしろい。何度もぶはっと吹き出しては、一気読み。おもしろいセリフはつい付箋などつけて、読み返してはまたぶはっと笑う。気持ちがすっきり明るくなる小説を読めて至福のひととき。
研究一筋の水産学者、アルフレッド(フレッド)・ジョーンズ博士宛て、ハリエット・チェトウォド=タルボットさんからメールが入る。とある富豪がイエメンの砂漠地帯に、鮭を導入し、娯楽としての鮭釣りを紹介するプロジェクトを起こしたいという。砂漠に鮭が導入できるはずもないと、水産学者としてのフレッドは即答する、できっこないと。けれど、その答えは誰ひとり望んでいない。そのうち、イギリス首相官邸も興味をもちはじめたこプロジェクトは、なかば強引に進み始める。もちろん、フレッドを中心として――。
フレッドはメアリという妻がいる。双方ともに忙しく、顔をあわせて話す時間もなかなかとれないため、ふだんのコミュニケーションはもっぱらメールという夫婦。上からの圧力で渋々ながら着手することになりそうなこのプロジェクトに対して、理不尽な要求だし、ひどい言い方をされた、辞表を出そうかと本気で考えている、とフレッドはメアリに甘えたメールを出す。メアリはとても実用的な人間で、メールの返信タイトルは「家計の現実」。お互いの年収を書いたうえで「仕事を辞める? アホなこと抜かさないでよね」。私は、このひとことでメアリが好きになった。なんだか正直そうなのだ。
小説はイエメンの鮭プロジェクトを軸に、フレッドとメアリの夫婦、プロジェクト推進者である富豪のシャイフ、長くて舌をかみそうな苗字をもっているハリエットら、人柄的には、ああ、わかる、こういう人!と言いたくなるほどのステレオタイプ的な人物ばかりなのだけれど、薄っぺらくなく、人間くさい彼らをどんどん好きになる。特にメアリ。
メールや、プロジェクトの報告書、フレッドの日記や、上官の刊行されなかった自伝からの抜粋など、バラエティ豊かに小説が綴られる。プロジェクトにある鮭釣りも、シャイフはむろんのこと、フレッドも釣り好き。当初はむちゃくちゃな計画だと思ったフレッドも、シャイフと直接会って話をし、彼のもとで働いている、これまた釣りの達人、コリンもにも惹かれて、プロジェクト推進に意欲をみせはじめる。
その間にも夫婦のコミュニケーションは山あり谷あり、プロジェクトもさまざまあり、そしてラストのなんとまあ!
最後にシャイフの言葉を引用したい。「信じる心は希望以上のもの、愛以上のものなのです」。小説を読み終わってこの言葉にもどると、しみじみする。
そうそうもうひとつ。読了された方は、ぜひともカバー見返しにある著者写真をみてほしい。写真とその下にたいてい添えられている小さな文字を忘れずに読むこと。私も教えてもらい、ここでもまた笑わせてもらった。
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