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2009.04.01

風の靴

風の靴

 『かはたれ』、『たそかれ』と、たぐいまれなファンタジーを紡いでくれた朽木祥さんによるリアリズム小説『風の靴』(講談社)が刊行されました。

 物語に入る前に、まず装丁をじっくり楽しみます。
 まぶしい海原の先に見えるヨット、空と海が一体化した美しさを見せています。そしてカバーをはずすと、また息をのむ美しい色。贅沢にも、本の中に描かれている挿絵と装画は別々の画家の手によるものなんです。(画家 柏村 勲(カバー、見返し[画家HP Link]) 服部華奈子(挿絵[画家ブログLink]))

 さあ、入り口を楽しんだあとは、風の靴をはくために、ページを繰っていきましょう。

 海生(かいせい)は、4つ年上の兄、光一、両親、そして犬のウィスカーの4人と一匹家族。文武両道の兄に比べて、弟の海生はいまひとつピリッと決まるところがない、と本人は思っている。兄の受けた中学を当たり前のように受験させられ、落ちてしまう。それでも仲良しの友人らと通う、いまの中学に不満はなかった。けれど、親は、兄の通う学校の高等科受験を、すでに視野にいれている。中学1年の海生は、もう3年後の受験を考えなくてはいけないのだ。中学受験に合格していれば、大好きなヨットもバードウォッチングも模型作りもできたはずなのに、その時間は、3年後の受験勉強時間に組み込まれてしまった。サイテーな気持ちになっている時、もっとどん底になる知らせが舞い込む。海生にヨットを教えてくれた大好きなおじいちゃんが急逝したのだ。海生は決意した。「家出する。もう決めた。」

 ひとりでの家出ではなくウィスカーを伴い、親友を誘ってのものだった。それも最終的には親友の妹も加わった。手段はヨットで。3人と一匹は風の靴をはく準備にかかった。

 リアリズムでもファンタジーでも、著者の筆致は鮮やかだ。目の前に海原が広がる。ヨットが見えてくる。情景はひとつひとつ立体的に、少年たちの心理もニクイほど丁寧に描き出す。

 生きている大人は実際に手を出したり口を出したりすることはない冒険。彼らの家出を助けてくれるのは、ひょんなことで、旅(?)のつれあいとなる大学生、そして亡くなったおじいちゃんの残してくれたあれこれだ。物語全体に、おじいちゃんの存在感が確かにある。その今はいないおじいちゃんが、海生の家出を見守っている。家出のきっかけとなる、心の重荷を、海生はどう折り合い、もしくはつきあっていくのか。おじいちゃんは何を残してくれたのか。その残したものがわかった時、読み手の私は心の底から海生がうらやましくなった。

 朽木氏の描く小説を読むと、いつも言葉の力をつよく感じ、その言葉と出合えたことに深く感謝する。ここに言葉をみがいて物語として本を置いていきます、さあ、見つけてください。そんな言葉が聞こえてくるのだ。

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コメント

会留府さん

 ブログ読ませていただいています。
 トラックバックとコメントをありがとうございました。

 朽木さんのお話会の様子、ブログで読ませていただき、うらやましく思っていたところです。作家として、本当に力のある方なので、いままで出された作品はもちろんのこと、これからの作品も長くじっくり味わいたいと思っています。

さかなさん
コメントとトラックバックさせていただきました。
朽木さんは先日私のところへ来ていただきました。
とてもユーモアのある豊かな力をお持ちの方で、みんなで
もう次の作品を待っています。

Grog さん

トラックバックとコメント、ありがとうございました。
本当ですね。すてきな本を読めることは宝です

トラックバックさせていただきました。

素敵な本を読むのって、本当に幸せなことですね。

ERIさん

こちらもトラックバック、コメントありがとうございます。
本当に朽木さんの言葉、文章すべてにおいて、本を読むしあわせここにあり、ですね。これぞ、しあわせ、そう思います、私も♪

さかなさんのレビューは素敵です
そう・・朽木さんの言葉の力、文章の素晴らしさを堪能できる一冊でした。海の匂いや風を感じて体がうずうずしてしまったほど。良い本に出会うって、幸せなことですね♪

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