『グリーンフィンガー 〈約束の庭〉』
『グリーンフィンガー 〈約束の庭〉』
ポール・メイ作 横山和江訳 さ・え・ら書房
ISBN 978-4-378-01479-1 定価(本体1700円+税)
2002年度カーネギー賞ロングリスト作品である、『グリーンフィンガー〈約束の庭〉』の邦訳が刊行された。
タイトルにあるように、物語の大事な舞台は庭。
主人公ケイトが庭で大きな成長をとげていく物語だ。
ケイトの家族は、父親の提案によりロンドンの都会から、田園風景広がる田舎町に引っ越すことになる。ケイトはちっともうれしくなかった。どこの学校に行っても、読み書きに問題があることで、先生やクラスメイトといい関係がつくれないからだ。母親も、今度の学校こそはケイトにあうものであって欲しいと願っている、が、田舎に住みたいとは考えられない。ロンドンでの自分の仕事は経済的にも満足できるもので、田舎でいまの働きと同じお給料をもらえる仕事を得るのが難しいことをよくわかっているからだ。
けれど父親はロンドンではなく、田舎の広い家で自分の仕事をしたい。コンピュータを使って自営していく意欲をもっている。ふたりの価値観は3人の子ども(ケイトには弟と妹がいる)を育てるという共有すべきものがあるにも関わらず、どんどん険悪になっていく。
ケイトは両親に別れてほしくない。結局父親と子どもは田舎の家で暮らし、平日にロンドンで仕事をし、週末だけママが帰ってくる生活になる。ママがいない家はいや。パパの仕事も成功してほしいけれど、ママが好む機能的な家にするべく一日も早くリフォームしてほしいとケイトは願っている。ママの好きなものが家にあれば、平日もロンドンに行かず一緒にいてくれるのではと期待するのだ。
そんな両親に気がいっているせいか、ケイトは田舎での新しい学校では前の時と違ってトラブルを起こさずに過ごすことができた。相変わらず、先生がケイトにもっている前の学校での〈問題児〉という先入観のせいで、学校生活は楽しくはない、けれど、ルイーズという友だちができそうな気配もある。ルイーズは、隣人ウォルター氏の孫娘。ごつごつした手をもつウォルターは自分のその手を「グリーンフィンガーをもっている手だ」とケイトにいう。庭仕事など今までまったく興味をもったことはないケイトだったが、ママが庭をもつことが夢だったことを知り、ウォルターからいろいろ教わり、庭で過ごす時間が増えていった。
児童文学で登場する魅力的な大人は、たいていの場合、子どものよき相談相手であり、大きくつつんでくれる。けれど、この物語では、そこまで懐の深い大人はいない。そのことに読んでいて、大丈夫かしらと不安になってくるほどだったが、考えてみると、実際の生活で、理想的な大人に支えてもらうことの方が少ないかもしれない。ページをくるごとに、イギリスが舞台でありながら、日本でも十分に考えられるシチュエーションの数々にすっかり引き込まれて読んでいった。母親の心の揺れも切なく、父親が安易に結論を急がず、時間をかけて家族のつながりを深めていく姿も印象的だ。仕事の満足と家庭の幸福を両立されること。夫婦間での価値観のずれ。両親であるふたりは多いに悩み、それでも子どもにおもねることなく、未来をみていこうとする。
家族のお荷物は自分ではないかという引け目、識字問題のストレス、重たいものを抱えるケイトの心情も丁寧に描かれ、最初は好きになれそうになかった田舎の町、家――そこでの庭仕事を通して気づく自分を受け入れていくケイトの姿はリアリティをもって読み手に近づく。
登場人物それぞれみんなが、苦しみながらも後ろ向きになることはない。最後はせつないけれど、とてもリアルに響く言葉が残される。
■作者公式サイト[Link]
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