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2011.02.17

ボグ・チャイルド

今月の書評のメルマガに書かせていただいた本は「ボグ・チャイルド」です。

 2月に入り、ナショナル・ジオグラフィックのニュースにドイツの泥炭湿地
から鉄器時代の少女の頭蓋骨がみつかった記事が載りました。
 「モーラ (Moora)」という少女です。この少女の名前は、発見された場所ウ
フテ・モーア(Uchter Moor)に由来し、紀元前650年頃の頭蓋骨だと判明。デ
ジタル技術を駆使し、2600年前の少女の顔が復元されました。

▼ナショナルジオグラフィック日本公式サイトより
「2600年前の顔復元、鉄器時代の少女」2011.2.3

 先月読んだ『ボグ・チャイルド』も泥炭から発掘された少女から話が始まり
ます。

 『ボグ・チャイルド』 シヴォーン・ダウド 千葉茂樹訳 ゴブリン書房

 時は1981年。高校生のファーガスはこづかい稼ぎのために、叔父とふたりで
泥炭の盗掘に出かけました。掘っていると地面の中から手が。小さな手はそれ
が子供のものであることを示していました。泥炭の保存力のおかげで、かなり
古い時代のものだということがわかってきます。ファーガスはこの発見がきっ
かけで、考古学者の母娘と知り合い、湿地からみつかった少女の謎に近づきま
す。これだけでも18歳のファーガスにとっては大きなできごとなのに、兄の政
治活動も日常生活に影響していきます。

 1981年のアイルランド(この物語の舞台です)は「北アイルランド問題」で
揺れていました。ファーガスの兄は過激な活動で知られるIRAの暫定派の一
員なのです。18歳のファーガスは大学進学を控えた大事な時期、活動が原因で
服役していた兄がハンガー・ストライキをはじめたのです。命に関わるこの行
為に、ファーガスの家族は深く悩みます。

 重たい背景です。この小説はジャンル分けするとヤング・アダルト向けです
が、この物語を紹介しようと思ったのは、描かれている時代がいま大人である
私たちの方が近しさをもつのではと感じたからです。

 ジョン・レノンが亡くなった翌年がこの物語の時代です。
 ファーガスの兄、ジョーは、ジョン・レノンの死を知ったとき、一晩中、大
きな音でレコードを鳴らしつづけ、その二日後に警察につかまります。

 自分が兄にできることは何なのか、
 将来医者になる道を進むべきなのか、
 考えることに押しつぶされそうになりながら、湿地の少女の死にまつわる謎
や自身の恋──さまざまな経験をするファーガス。

 そのファーガスと関わる人たちを丹念に読んでいくことは、読み手にも考え
ることを要求される骨太の読書時間でもあります。

 今行われている政治について意見をもつこと、それを行動にうつす厳しさは、
2011年現在、長く続いた独裁政権下、高い失業率などに不満をもつ若者たちが
立ち上がったエジプトの動向を見ていて感じることが多いのではないでしょう
か。

 何が正しいのか、どうするのが幸せなのか、考えて行動する若者は外の国の
話だけではないはずです。ひるがえって、日本の児童文学、YAでもなかなか
政治を背景にするようなものを読む機会がありません。

 けれど、日本は翻訳小説の恵まれた国です。YAのジャンルでも英米のみな
らず、様々な国の物語を日本語で読むことができる機会を持ち得ています。

 その一冊として『ボグ・チャイルド』をぜひ手にとってほしい。

 本書が優れているのは、背景は背景としてそれがうるさく表にでてこず18歳
ファーガスの青春成長物語として読ませるからです。

 自分ではどうすることもできない──こういう状態におかれるのは若者だけ
ではないことを大人は知っています。けれど、足かせの重たい状態が青春時代
のデフォルトでもあるのです。繊細な心をふるわせ、世間と折り合いのつかな
いもどかしさを感じる。それらを感情過多になることなく描く著者の力量は読
む価値のあるものです。

 2009年のカーネギー賞を受賞している本作を書いた著者、シヴォーン・ダウ
ドさんは1960年、ロンドンのアイルランド系の仮定に生まれたそうです。作者
紹介によると、オックスフォード大学卒業後に、国際ペンクラブでアジアや中
南米の作家の人権活動などに携わったとあります。残念ながら2007年に47歳の
若さでがんで急逝。新刊を望むことはできませんが、死後に書きためていた作
品が刊行され、その2冊の内、1冊が本書です。ビスト最優秀児童図書賞も受
賞しており、高い評価を受けています。もう1冊の方もゴブリン書房から刊行
されるとのことで、邦訳が待たれます。

 邦訳は千葉茂樹さん。児童文学の翻訳で、訳者名が“千葉茂樹”とあれば、
安心して読める翻訳家のおひとりです。この物語の主人公、ファーガスの兄で
あるジョーとほぼ同じ年であると訳者あとがきに書かれてあり、この時代に感
じるところも多々あったようです。

 訳者あとがきを読んでうれしかったのは、訳すにあたってアイルランドに関
連する本を読まれた中で、おもしろいと思われたミステリーを紹介されている
こと。これが私も大好きな2作品だったのです。

 『アイルランドの柩(ひつぎ)』
 『アイルランドの哀しき湖』
  (エリン・ハート 宇丹貴代実訳 武田ランダムハウスジャパン)

 ぜひ。

 

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 シヴォーン・ダウドのもう一冊の邦訳は千葉さんではないそうですが、いずれにせよ楽しみに待ちたいです。

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コメント

リンガードのこのアイルランドシリーズ、読みたいと思っていて未読なんです。
読まなくちゃ。

おかげさまでヘルペスが最後の症状でおさまりました。
出るものが全部出たという感じで、すっきりです。

bakuさんも長引かないといいですね。
足下をあったかくするのも効果的だとなおってから知りました。
靴下の重ね履きは効果があるとのことで、これから寒くなるので試そうと思っています。

どうぞお大事にされてくださいね。

おはようございます。今日はぽかぽか陽気になりそうな大阪です。その後風邪の具合はいかがですか?わたしも先週はじめからひき始め、ずるずるとつづいてる状態です。そんな中予約していたこの本がはいり 相方に図書館に取りに行ってもらって、お布団の中で昨夜読了。本を閉じたあときもちが昂ぶって眠れませんでした(あ、これは昼間にも寝たからなんですが)

たしかさかなさんが以前 書いてらした、と思いだし読み返したところです。
ああ、すごい本でした。
途中読んでいるのがつらかったけど(それは「子どもの親」としての自分の思い)最後は希望のあかりが見えてほっとしました。よい読書の時間でした。
アイルランドといえばずいぶん前に読んだジョアン・リンガード『ふたりの世界』のシリーズを思い出しています。あの本もよかったですよね。

ナウシカさん

メルマガ読んでくださりありがとうございます。
口蹄疫を扱った作品のレビュー、楽しみにしています。英米の作品はこういう時事、政治の背景をもりこむストーリー展開は読ませるものが多いですね。

書評のメルマガで読ませていただきました!

Currentなニュースに合わせて導入していくところがうまいなぁ~と思った次第。

近々、やまねこで口蹄疫を扱った作品のレビューを書くかもしれないので、この導入方法、マネさせていただくかもです。

作品の話じゃなくてすみません~。

これを機に、私も続編の邦訳を強く祈って望んでいるところです! 

本書『ボグ・チャイルド』が息長く、たくさんの人に愛読されますように。

(そして願わくば、拙訳書も事実上の絶版状態を脱して、できれば続編の邦訳が実現されますように…)

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